※内容的には2003年当時のままです。現在と異なる状況も考えられます。参考程度にどうぞ。
第6章
調停 (交渉編) 申立人控室へ戻った私は、煙草に火をつけて、これまでの流れを頭の中で整理しました。
第一段階である「時効」については、おそらく不問でしょうし、請求金額が一番高い「クロス張替工事代金」についても10年間入居していた、ということが結構効いているみたいですし。
まあまあ、楽天的イメージでいたのです。
既に、控室に入ってから、30分以上経過しています。
その間に、他の調停の申立人、同席者などが入れ替わり立ち替わり控室に入ったり、出て行ったり。
他の事件の概要も、会話などでなんとなく分かっちゃいますね。
行政書士?かなんかの「先生」っぽい人に、怒られてる申立人とか。
どうやら、以前の打ち合わせで言われていた、必要書類を用意して来なかったらしいです。
あとは、交通事故の当事者と、保険会社の人、という組み合わせとか。
いずれにしても、他の組はみんな誰か連れてきてますね。
1人で立ち向かう、孤高の戦士は、どうやら私だけのようです。
なんて事をぼんやり考えていましたが、まだ呼びに来ませんね。
ちょっと退屈してきた頃、やっと、お呼びが掛かりました。この間、約40分くらい。
A氏サイドと調停委員が、かなり、込み入った話をしていたんでしょうね。
入室直後、調停委員から、今までの楽観的な気分を一転させれる一言をお見舞いされます。
調停委員1
「桃さん、どうも、お待たせ。
でね、向こうは、50,000円ちょっと、これ位でどうだろうかって話しなんだよ。
畳の交換代金、これは、この地域での慣習というか、例えば、市営住宅でも、退去時に入居者負担で交換してるんだって。
そうするとね、これは、不当な請求ともいえないんだよねぇ、公共の住宅では入居者負担、民間だと貸し主負担、ってことでは公平とは言えないしね、これは入居者が負担するということを飲んで欲しいんだよ。
それと、クロス工事、この件はね、DK部分の汚損については、入居期間を考慮すると、入居者負担では公平ではないということで、DK部分は貸し主が負担する、ということでどうかな?
そうするとね、 こういう金額になって来るんだけど、どうかな?」
どうもこうも・・・
それじゃ、DKのクロス工事以外、ほとんどこっちの負担じゃないの?
桃
「ちょっと待ってくださいよ、それでは、こちらの請求金額とかなり開きがあるじゃないですか、そんなの飲める訳ありませんよ。」
調停委員1
「まあね、そうだろうね、では、あなたとしては、どういう根拠でこの(申立書に記載してある請求金額のこと)金額を出したのかを説明してもらえる?」
桃
「はい、(ごそごそと準備書類を取り出して)まずですね、ご存知のとおり、クロス工事に関しては、国土交通省のガイドラインを元に計算しています。これは、入居後6年で残存価値が10%となる計算方法によります。消費税は、項目別に算出した場合と、総額で算出した場合とでは多少違いが出てしまいますが・・・」
調停委員1
「消費税は今はいいや、最後に金額が出てから計算すればいいから。」
桃
「そうですか、それと、フラッシュドアに関しては、100%、こちらの責任で、全額負担することで争いはありません。」
調停委員
「そうすると、残りはすべて貸し主負担であると?」
桃
「もちろん、これは、こちらでの解釈で計算した、最大の金額ですから、ここから譲歩するつもりで来ています。」
調停委員1
「では、どれ位の金額なら出しても言いと思ってるの?」
桃
「・・・・・クロス工事と、ハウスクリーニング代金の20%を負担するということでどうですか?」
調停委員1
「そうすると・・・・」
電卓を取り出して、計算を始めました。
こちらの計算では、127,000円位になるはずです。
このとき私は、請求金額からの逆算で、少しずつ譲歩していくつもりで、まずはこんなもんかな、
という金額を言ったはずなんですが、ここで誤算というか、勘違いというか、言葉のマジックにはまっちゃったというか。
・・・「畳の交換代金」が入ってなかったんですね、この金額には。
この段階では、私はまだ気が付いていません。調停委員との話が続きます。
調停委員1
「そうすると、94,000円くらい返してもらえればいい、っていうことだね?」
へ?何でそういう金額になるの?
桃
「えーと、そうなりますか?あれぇ・・・」
調停委員
「だって、あなたが言ったことは、20%は払ってもいいって事でしょ、そうすると、クロス工事とハウスクリーニングの合計が90,562円、
その20%が56,192円、畳の交換代金が44,100円で、合計すると・・・」
桃
「ちょっと待ってください、畳の交換代金は含まれてないんですけど。」
調停委員1
「だって、これはあなたが負担するようなんだよ。」
なんか、もう決定しているようです、畳代はこっちで負担だって。
なんたる事なんざんしょ。
桃
「そう言われましても・・・10年間住んでいた訳ですし、著しく汚損した場所はない訳ですし。全額こっちの負担というのはどうも・・・」
調停委員1
「これはねぇ、この辺ではみんな入居者が負担しているっていうんだよ。そうすると、どうしようもないよねぇ。」
どうもこうも、そっちで決めたんだろうが、って感じですが、
おそらく、先ほど私が退席したあと、A氏とB氏で、この辺の宅建業界の実状とか、慣習なんかを熱く語ったんでしょうね。
すっかり、調停委員はそのペースにはまっちゃっています。
これもおそらく、ですが、A氏側としては、金額的にこれくらいは返す、っていうのが先にあって
それに、後から理由付けをして、この金額を出してきたと思われます。
ちょうど、敷金に預けたくらいの金額ですからね、向こうが提示してきたのが。
桃
「こちらとしては、あとから追加で支払った分は返還して頂きたいと思って来ています。
つまり、115,750円は払って欲しいと。」
調停委員1
「でもね、ここは裁判所だから、根拠がない金額は出せないから、何かしらの根拠がないと。」
桃
「どうしても、畳の交換代金は私が負担するようなんですか?」
調停委員1
「これはしょうがないだろうねぇ。」
調停委員2
「桃さん、ここは、これ以上引っ張らずに、ここでまとめた方がいいですよ。
裁判に移行すると、費用も、手間ひまもこんなもんじゃないですから。ある程度譲っても、ここで決めちゃった方がいいと思うよ。」
桃
「はい、それはわかってます。」
まあ、その辺は重々承知はしているんですがね。
これまた、あとからの推測ではありますが、調停委員としては、A氏はなかなか譲歩する人間ではない、という判断だったのではなかろうか、と。
つまり、A氏が譲歩しない以上、調停が決裂してしまう。まとめるには、私のほうを説得するしかない、という感じの判断です。
心情的に訴えられたら、向こうはオヤジ同士、意気投合しても不思議はありません。
いくら公平な調停委員でも、そこら辺は人間ですし、根拠があれば、請求を断ることも簡単ですから。
今回の場合は、それが、「市営住宅での事例」だったわけですね。
調停委員1
「どうだろうか、じゃあ、この金額を向こうに伝えるということで、いいかな?」
いいとも、って言うしか選択肢はなさそうです。いまさら、畳代を払うなら、クロス代金は10%負担で、とも言えないし。
桃
「分かりました、じゃあ、その金額でお願いします。
こちらとしては、当初よりかなり譲歩していますから、その点を考慮して頂きたいと思います。」
調停委員1
「では、また一旦控室で待っていてください。呼びに行きますから。」
調停委員2
「今度は早いですから。」
まあ、金額的な問題しか残ってませんからね。
また控室へ移動です。
控室へ行く度に、こんなに気持ちに変化があるとはね。
これ以上は、こっちとしても譲歩できませんから、何とかこの金額ラインは維持しないと。
※この記事は、2003年7月にまとめたものを一部改稿したものです。あくまで当時の記録としてご覧ください。